けあリズム広報部です!
本日は、タイトルにもあるナンバー2の理論について、私見多めでお伝えできればと思います。
一つの組織として、ナンバー2の存在はとても大切です。
ナンバー2?
ナンバー1の方が大事なんじゃないの?
と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
そうですね、そのように考えられることもあるかもしれません、と普段の私なら言うでしょう。
しかし今回は、私の考察では「一企業や一チームやグループの中においてはナンバー1よりもナンバー2の方が大切」
と断言したいと思います。なぜなら企業やチームなどの組織というのは目的や目標を一つに定めて、
それに向かって皆で進んでいけることが大切であると言われている中で、
ナンバー1とは、その組織を前に進める引っ張り上げるための存在であり役割がありますが、
そのナンバー1が掲げた目的や目標を部下や他のスタッフに浸透させたり、色々な調整を行い
組織を一つにまとめるナンバー2がいなければ一つの結束の強い組織にはなりません。
「ナンバー1がどっちもやればいいじゃないか」と言う方も多いと思いますし、
実際に試みている方もいらっしゃるかもしれませんが、やはり人間には適材適所があります。
ナンバー1とナンバー2というのは、言ってみれば全く真逆の性格であったり能力を必要とすると考えます。
一方では、「ガンガン行くぞお!」とスタッフを鼓舞しながら、
一方では、「でも何か大変なことがあったら、言ってね。調整するから。」って言われたら、
言われた方は混乱してしまいますよね。
だから、ナンバー1とナンバー2は別々に存在する方が良いのです。
目指す姿は新撰組 副長の土方歳三
私は歴史の話が大好きで、良く戦国時代に活躍した武将のことを掘り下げて考えたりしたことがありますが、
織田信長が天下を取れなかった理由は、諸説ありますが有力なナンバー2がおらず、
トップの考えを家臣の隅々まで浸透させられず、それを恐怖でコントロールしようとしたことだと自分は考えています。
豊臣秀吉が自分の天下を長続きさせられなかった理由は、自分の地位を脅かす有力なナンバー2を恐れ、
排除してしまったことにあると考えます。
ナンバー2とは前述しましたが、常にトップの意見や考えを理解し行動指針を示し、
部下や現場の人間にトップの考えを浸透させて、
事業所としての一体感を作り上げるものと思っています。
そういう考えでは、田舎の剣術道場から京都守護職・松平容保の保護下において、
京都の治安維持、反幕府テロなどの取り締まりにあたる武士達として、
今世までに名を轟かす組織に作り上げた土方歳三のナンバー2としての手腕は相当のものであったと考えています。
(あくまで私見ですが)
徳川家康のナンバー2は誰なのか??
戦国時代の覇者、天下統一をなした徳川家康のナンバー2は誰なのか??
これには意見が分かれるかもしれません。
まず、すぐに名前が挙がってくるのが、徳川四天王と呼ばれる井伊直政、本多忠勝、本田正信、榊原康政でしょう。
さらには徳川2代目を務めた、徳川秀忠でしょうか?
ここら辺の考察をしてしまうと自分を止められなくなってしまうので、
また別の機会にしてみたいと思います。
単純なナンバー1とナンバー2の話だけでは終わらない
これは、単純に組織の構図として、ナンバー1とナンバー2に分けて考えましたが、
様々な場面で考えられることではないかなと思います。
例えば、会議の中で数人がどんどんアイディアを出して、目標を挙げてイニシアティブを握り
ぐんぐん内容を進めていったとします。一見すると良い会議のように見えますが、
そのような会議でまとまった内容は欠陥が多かったり、
大切な部分のリスクヘッジが行えていなかったりすることがあります。
その場合に、反対意見とまではいいませんが、俯瞰的にみて足りない部分を補った発言が出来たり、
会議に参加しているメンバー全員の意見や考えを尊重できるような存在がいるだけで、
その会議内容がより深まり良いものになることがあると思います。
自分が今、属している組織や参加しているコミュニティの中で、自分の存在がどのようなものであるのかを
一度考えてみると良いかもしれません。
終わりに
今回はナンバー2理論ということで、私見多めにお伝えさせて頂きました!
また様々な視点で色々なことを考えて行きたいと思います!